「神曲」に潜む
超短編選

著者拙訳より

珠玉T
窃盗  ―窃盗は略奪より重罪―   地獄25歌

 群がる蛇に噛まれながら逃げまどう裸の人達。隠れる穴も特効薬もない。蛇は人を後手に縛り、生殖器を刺し、腹・胸にからみつく。おへそを刺されて倒れる者、首にとびつかれるや否や燃え上がり骨灰となり、遺骨は集まって復元して元の体になる。
 その時、男がものも言わずに逃げ走った。ふと見れば、激怒に充ちたチェンタウロ(注)が呼ばわりながらやってきた。「神に楯つく奴は何処だ」と。チェンタウロが人間の形に移り変わろうとする臀部に乗せている蛇の多いことと云ったら、マレンマ(トスカーナ海岸一帯の沼沢地)も到底かなわない。肩の上襟首には一匹の龍が翼を広げて居座り、刃向う者は容赦なく焼き尽くす。師が云うには「カーコと云う者で、アヴェンティーノ山の岩の下に何度となく血の湖を造った者(各所から牛を盗んで来て)。かれは泥棒仲間と別行動をとる。大きな家畜の群から牡牝四頭ずつの牛をかすめ取ったことがあるからだ。盗んだ牛を自分の洞窟に隠そうとしたところを牛たちの吼る声で発覚し、悪の仕業の報いとしてエルコーレ(彼も窃盗)の杖の下で言絶えた。エルコーレは百叩いたのだが、カーコは多分十までしか分からなかっただろう」師がこんなことを話している間に、カーコは他所へ行ってしまった。  (注)馬人で凶暴の象徴

珠玉U
宗教的野外行列(パジャント)の中でのベアトリーチェの出現の物々しさ 煉獄30歌

真実の人々24人の長老達は平安を求めようとするように、車のほうに向き直って、「新妻(注)よ、私の新妻よ(あなたは私の心を奪った。ただ一目また首玉一つで私の心を奪った。…新妻よ、あなたの愛はとても楽しく、あなたの愛は酒よりもはるかにすぐれ、あなたの香はどんな香よりすぐれています」と続く)と歌いながら、「来たれ」を三度くり返した。翁達の声に聖なる車の上には、永遠の生命の使節である百余の天使が起き上がった。(注)ベアトリーチェを聖マリア同様、同格にみたダンテに問題ありとする非難あり。

天使達は声を揃えて、「幸せです。ここへ来るお方は」そして上にあたりに花をまきながら、「おお、両手一杯の百合の花を撒き散らせ」と。(注)本来はキリストが聖地エルサレムに入るのを喜んで叫ぶ群集の声。

天使によって舞い上げられた一群の花は、再び下の方、車の中に外に舞い降りてきて、その花の雲の中から、白い顔帛(ぎぬ)の上にオリーブの冠(知と平和の象徴)を頂き、緑のマントの下には、生きた焔の色した衣を纏って、一人の淑女が現れた。
彼女の出現によって、かつて驚き怖れ、打ちのめされ畏敬していた頃から、彼女の死後十年を通して、私の魂は彼女から放たれた神秘的な力によって、昔の愛の大きな力を感じた。幼い頃私を射貫いた崇高な力が、私の眼を一撃するや否や、望みを託して左に向いた。だが待てよ、ウエルギリウスがいない。…別れの挨拶がしたかったのにと涙するダンテ!

珠玉V
火星天十字架での遠祖カッチャグイーダとの出会い 天国14歌

私は常よりも赤く見える星の燃える笑に向かって、ベアトリーチェの眼光の中を、どんどん昇っているのに気付いた。
見事な真紅の光彩を伴う二条の光(十字に交叉する)の中の輝き(火星天の霊たち)は私の前に現れたのだ。大小様々な光に飾られ、世界(地球)の北極から南極にかけて大空に白く跨(またが)る銀河は、才人をも(その素晴らしさを)疑わせるが、そんな風に、火星の深いところに、これらの霊の光をちりばめ、この星の断面の円を四等分して交叉する尊い標識(十字架)を造っていた。その十字架はキリストを照らし出していたので、私の記憶は私の表現力の才に打ち勝ち、その姿を何にたとえようにも術を知らない。十字架の腕木から腕木に、上から下に、光(霊魂)は移動し、互いに出会っては通り過ぎる毎に強くスパークした。ジーカ(ビオラに似た弦楽器)とハープ(たて琴)は、多くの の音を調和させ、音楽の素養のない人にも甘い鈴の音のように聴かせるものだが、ちょうどそんな風に、歌を理解できない私を恍惚とさせる一つのメロディーが、十字架を通して(十字架に一度集まってそこから)聞こえてきた。…そのメロディーが神への高い賛美であることに気付いた。 (注)実は「起てよ、勝てよ」の賛美歌で、キリストが甦って、死に勝たれたことを称える言葉。ここ火星天の霊達(殉教戦士)がキリストに呼びかけているところ。
*18歌に到る、この物語の以下概要…気骨あり、心優しい父の典型であり、ダンテを「わが子」と呼んで 切に教えを諭す。ダンテは、「私の愛する初ものの果実さま」と呼び返す。こんなにもうちとけた長々と4歌に亘る対話を、「神曲」の中にほかに見出せるだろうか。
 話題に「血統のはかなさ」あり、「フィレンツェの今昔」あり、「偶然と必然」の話あり、ダンテの「近未来の追放に関する預見」と、それにまつわる心構えあり、いずれ劣らぬ金句で貫かれている。


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